四季のある日本では、季節に合わせて装いを変える「衣更え」の習慣があります。
着物も同じく、季節によって生地や仕立てを着分ける文化があり、
盛夏には「薄物(うすもの)」と呼ばれる夏着物が選ばれます。
夏の光をやわらかく透かす薄物は、軽やかな風合いと涼やかな着心地で、日本の夏を彩る存在。
今回は、その魅力や素材ごとの特徴、
さらに装いをより楽しむための帯や小物選びのポイントをご紹介します。
🔶薄物とは
薄物(うすもの)は、盛夏から初秋にかけて着られる、透け感のある涼やかな着物の総称です。
紗(しゃ)や絽(ろ)、麻など、通気性と軽さを兼ね備えた素材で織られ、
見た目にも爽やかな印象を与えます。
単衣よりもさらに涼しさを追求した夏用の着物として、暑さの厳しい時期に愛用されてきました。
透ける生地感を活かして、長襦袢や帯、小物との色合わせを楽しめるのも魅力のひとつです。
🔸薄物と浴衣のちがい
同じ夏の装いでも、薄物と浴衣では用途や着方に違いがあります。
浴衣は和服の中で唯一、肌に直接着てもよいとされる着物で、
かつては部屋着や寝間着としても用いられてきました。
そのため、肌襦袢や長襦袢を着ずに着用でき、気軽さが魅力です。
帯は半幅帯や兵児帯などのカジュアルなものを合わせ、素足に下駄を履くのが一般的です。
一方、薄物は長襦袢を着用し、帯や小物も季節に合わせた礼装寄りの装いに整えるため、
見た目にも上品で改まった印象になります。
茶会や観劇など、浴衣より格式の高い場面にもふさわしい装いです。
浴衣を着物風に着こなすこともできますが、
基本的には浴衣のほうが薄物よりもカジュアルと考えて差し支えありません。
項目 | 浴衣 | 薄物 |
---|---|---|
着用時期 | 主に盛夏(7〜8月) | 盛夏〜初秋(7〜9月) |
着用シーン | 夏祭り、花火大会、日常の外出、部屋着・寝間着としても | 茶会、観劇、お食事会など改まった外出着 |
下着(長襦袢) | 不要(肌に直接着用可) | 必要(長襦袢を着用) |
帯の種類 | 半幅帯、兵児帯などカジュアルな帯 | 羅帯、紗帯、絽帯など夏用の礼装寄り帯 |
足元 | 素足に下駄 | 足袋に草履 |
格 | カジュアル | フォーマル寄り |
素材 | 木綿、化繊が多い | 絹(紗・絽)、麻、化繊など通気性の高い素材 |
特徴 | 動きやすく涼しい、気軽に着られる | 透け感や軽やかさがあり、上品な印象 |
🔶着物の薄物の種類と用途
薄物には、盛夏に涼しく快適に過ごすための工夫が施されています。
素材や織り方によって風合いや見た目が異なり、それぞれに適した場面があります。
ここでは代表的な種類をご紹介します。
▶礼装向け
種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
絽(ろ) | 経糸と緯糸の間に隙間を作って織る。透け感のある横段模様が特徴。涼やかで上品。 | 訪問着・付け下げ・色無地・夏用長襦袢 |
絽縮緬(ろちりめん) | 絽の透け感に縮緬のシボを加えた柔らかい薄物。しなやかで格のある装いに適する。 | 夏のフォーマル(結婚式・お茶会など) |
紗袷(しゃあわせ) | 紗や絽にごく薄い裏地を付けた着物。盛夏前後に着られ、涼しさと格を両立。 | 単衣と盛夏の間の時期の礼装 |
[絽の生地画像] 絽(ろ)は、経糸と緯糸を交互に絡ませて織る「からみ織」の一種です。
透け感があり、見た目にも涼やかで、盛夏の礼装や略礼装に用いられます。



淡水色の絽付け下げ(絽袋帯)
淡藤色の絽訪問着(絽袋帯)
▶カジュアル向け
種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
紗(しゃ) | 「からみ織り」で作る透け感の強い生地。風通しが良く、軽やか。 | 夏の普段着・おしゃれ着 |
麻(あさ) | 天然繊維で吸湿性・速乾性に優れ、さらっとした肌触り。張り感あり。 | 普段着・浴衣感覚のカジュアル |
上布(じょうふ) | 上質な麻を細かく織った高級夏着物。軽く柔らかく光沢がある。 | 高級カジュアル・夏の逸品 |
夏紬(なつつむぎ) | 細い糸で織り、透け感を持たせた夏仕様の紬。さらりと涼しい。 | 盛夏の洒落着 |
夏大島(なつおおしま) | 大島紬の夏仕様。糸と透け感のある織りが特徴。 | 盛夏の洒落着 |
夏塩沢(なつしおざわ) | 新潟塩沢産の薄手絹織物。シャリ感と透け感あり。 | 小紋・色無地(カジュアル) |
[紗の生地画像]
紗(しゃ)は、経糸と緯糸を交差させて格子状のすき間を作る「からみ織」の一種です。
透け感が強く、軽やかで風通しが良く、盛夏の礼装やカジュアルに用いられます。



紗着物(麻の葉柄)
濃紺の夏大島(地紋入り)
🔶薄物に合う帯の種類と用途
薄物の着物には、同じく夏仕様の透け感や軽さを備えた帯を合わせると、
季節感と涼しさが引き立ちます。
ここでは代表的な帯の種類をご紹介します。
▶礼装向け
帯の種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
絽帯(ろおび) | 絽織で透け感のある横段模様が特徴。フォーマル〜セミフォーマルまで対応。 | 訪問着・付け下げ・色無地など夏の礼装 |
羅帯(らおび) | 糸を複雑に絡ませて織った高級帯。透け感が高く上品。 | 盛夏の礼装・式典 |
夏袋帯(なつふくろおび) | 薄手で透け感のある袋帯。格調高い場に使用。 | 結婚式・お茶会など |
●夏に涼やかさを添える 白の羅帯
●秋を彩る 朱色の絽綴れ帯


▶カジュアル向け
帯の種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
紗帯(しゃおび) | からみ織りで透け感が強く、軽やか。 | 小紋・紬・麻の着物など |
夏名古屋帯(なつなごやおび) | 名古屋帯を夏仕様にしたもの。絽や紗、麻で織られる。 | 単衣・薄物の洒落着 |
半幅帯(はんはばおび) | 軽く締めやすく、変わり結びも楽しめる。 | 浴衣・カジュアル薄物 |
●盛夏の装いに映える桜色の紗名古屋帯
●夏を涼しく彩る麻織八寸名古屋帯


🔶薄物と帯の組み合わせ例
薄物の魅力を引き立てるには、季節感や素材感に合った帯を選ぶことが大切です。
礼装とカジュアル、それぞれの薄物に合わせやすい帯を組み合わせることで、
涼やかで統一感のある装いになります。
ここでは、相性の良い組み合わせ例をご紹介します。
▶礼装向け
薄物の種類 | 相性の良い帯 | コーディネート例 |
---|---|---|
絽(ろ)訪問着/付け下げ | 絽帯・羅帯・夏袋帯 | 白地の絽帯に涼色の帯揚げ・帯締めで上品に。 |
絽縮緬(ろちりめん) | 絽帯・夏袋帯 | 柔らかな風合いを活かし、淡色の帯で涼感を演出。 |
紗袷(しゃあわせ) | 絽帯・羅帯 | 季節の境目にふさわしい格調ある組み合わせ。 |
色無地(絽・絽縮緬・紗) | 絽帯・羅帯・夏袋帯 | 金銀糸入りや吉祥文様の帯で格調高く。淡色や軽めの帯でカジュアルにも対応。 |

●水色の絽縮緬色無地×淡色帯 初夏の上品コーデ
色無地着物の帯合わせについて
色無地は帯の選び方で、カジュアルからフォーマルまで対応できます。
カジュアルには、半巾帯や名古屋帯など軽めで少し柄のある帯がおすすめ。普段着より少し華やかに見せたいときに適しています。
格調高く着るなら、金銀糸入りや吉祥文様など格の高い名古屋帯や袋帯を。場合によっては付下げより格上に見えることもあります。
▶カジュアル向け
薄物の種類 | 相性の良い帯 | コーディネート例 |
---|---|---|
紗(しゃ) | 紗帯・夏名古屋帯 | からみ織り同士で軽やかな夏の洒落着に。 |
麻(あさ) | 夏名古屋帯・半幅帯 | ナチュラルな素材感を活かして浴衣風にも。 |
上布(じょうふ) | 夏名古屋帯・半幅帯 | 高級感を活かしつつ、涼やかな配色で。 |
夏紬(なつつむぎ) | 夏名古屋帯・紗帯 | 盛夏の観劇や街歩きにぴったり。 |
夏大島(なつおおしま) | 夏名古屋帯・紗帯 | 絣模様を引き立てる無地系の帯がおすすめ。 |
夏塩沢(なつしおざわ) | 夏名古屋帯・半幅帯 | シャリ感を活かした爽やかなコーデに。 |

●白麻の着物×藍色八寸帯 涼をまとう夏の装い
麻の着物に合う帯
麻の着物はカジュアル寄りのため、軽く涼しげな帯が相性抜群です。特におすすめは以下の3タイプ。
- 八寸名古屋帯(麻素材):軽やかで夏らしい雰囲気を演出。
- 紗献上の博多名古屋帯:シャリ感と透け感で涼感をプラス。
- 自然素材系のざっくり帯:麻の質感と調和し、全体をナチュラルにまとめる。
芯の入った九寸名古屋帯も麻素材ならきちんと感が出せますが、小千谷縮や軽めの麻着物には、八寸帯などのラフなタイプがより馴染みます。
🔶薄物に合う小物の選び方
薄物の着物は、涼やかな印象や透け感が魅力です。
その雰囲気を引き立てるためには、小物も季節に合った素材や色を選ぶことが大切です。
ここでは、盛夏におすすめの小物の選び方をご紹介します。
▶帯締め

夏用の細めや透かし編みの帯締めを合わせると、見た目にも軽やかで涼しげな印象になります。白や淡色を選ぶと清涼感が増し、差し色を使えばコーディネートが引き締まります。
▶帯揚げ

絽や紗など、透け感のある夏素材の帯揚げがおすすめです。無地のほか、ぼかし染めや涼しげな柄を取り入れると、帯まわりが柔らかく華やぎます。
▶足袋

麻や薄手の木綿など、通気性の良い夏用足袋を選びましょう(左)。白足袋が基本ですが、カジュアルな装いでは淡色や涼感のある柄足袋も楽しめます(右)。
▶長襦袢

絽や麻素材の夏用長襦袢は、薄物の透け感に響きにくく快適です。礼装には白地、カジュアルには淡色や季節感のある柄を合わせると、装いに統一感が生まれます。
▶肌着

汗をよく吸い、すぐ乾く素材を選ぶと盛夏でも快適です。色は白やベージュなど透けにくいものがおすすめ。縫い目やラインが表に響かないデザインだと、見た目もすっきりします。
▶半襟

夏用の半襟は、麻や絽など通気性の良い素材で作られ、暑い季節でも衿元を涼やかに保ってくれます。
礼装用には真っ白な絽や麻の半襟が用いられます(左)。カジュアル用には淡い色合いや涼しげな色柄の半襟が適しており、浴衣や小紋などの夏の普段着に合わせると、季節感とおしゃれさを引き立てます。
🔶まとめ
薄物は、盛夏を快適に過ごすための工夫が詰まった着物です。
絽や紗など礼装向けの織物から、麻や夏紬といったカジュアル向けの素材まで、
種類によって風合いや適した場面が異なります。
帯や小物も季節感や素材感をそろえることで、見た目にも涼やかで統一感のある装いになります。
礼装では、格のある帯や白地の長襦袢、淡色の帯締め・帯揚げを合わせ、品格と清涼感を演出しましょう。
カジュアルでは、麻や紗の帯、涼しげな柄足袋や軽やかな小物を取り入れると、夏らしいおしゃれが楽しめます。
自分のTPOや好みに合わせて、薄物・帯・小物の組み合わせを工夫すれば、
盛夏の装いはもっと快適で楽しいものになります。
ぜひ、この夏の着こなしに薄物を取り入れて、涼やかな和装を楽しんでみてください。
- 薄物は盛夏を快適に過ごすための着物で、種類によって風合いや用途が異なる
- 礼装向けは絽・絽縮緬・紗袷など、カジュアル向けは麻・夏紬・夏大島などがおすすめ
- 帯や小物も夏仕様にそろえると、見た目と着心地の涼感がアップ
- 礼装では格のある帯や白地長襦袢、淡色小物で品格を演出
- カジュアルでは麻や紗の帯、柄足袋や軽やかな小物で夏らしさを楽しむ
- TPOや好みに合わせて薄物・帯・小物を組み合わせれば、盛夏の装いが快適に